
茨城県土浦市モール505商店街
300あまりのテナントが入居可能、特急停車駅であるJR土浦駅から徒歩5分の好立地にあるショッピングモール。しかし、テナント入居率は10%を下回り、シャッターばかりのショッピングモール「モール505」がそこには存在した。
そのせつなさに用がある
〜土浦は今日も雨だった〜
土浦は上野から各駅停車で75分の場所にある。
茨城県で2番目に大きい都市として、あるいは水郷筑波霞ヶ浦国定公園への玄関口として、知っている人もいる。川崎市に次いでソープランド店舗数全国2位というあまり名誉にならない称号もある。
しかし、大多数の人間にとっては明日なくなっても不自由しない場所である。だいたいにして茨城県という場所が大多数の人々にとって明日なくなっても困らない場所であるとも言える。北関東とは、そういうところだ。我々はそのせつなさに用がある。
土浦駅西口から北へ100メートル、そこに「モール505」は存在する。
日曜の午後という時間帯にも関わらずこのショッピングモールにはショッピングをする気配のない高校生と思しきスケーターがちらほらと見えるのみ。家族連れ、恋人たちの憩いの広場。郊外型ショッピングセンターが華やかなりし昨今、東京からわざわざ足を運んで来た身としてはこれだけで「ショッキング」である。
3階建ての建物は、おそらく100以上の小規模テナントに区切られていた。
商店が軒を連ね、若者からお年寄りまでが集う街、そのような「青」写真は完成せず、ただただ我々の気分が「ブルー」になるばかりである。
1階部分はかろうじて半分程の店が埋まっている。洋服屋、事務所、喫茶店、しかしどこも閑散としているのは言うまでもない。歯医者の前には「9/29・30お休みします」との張り紙が掲げられている。しかし今日は10/1だ。このシャッターは本当に空くのだろうか。
我々は2階へと足を運んだ。ここからが本格的な「ショッキング」の始まりである。
シャッター、シャッターまたシャッター。黄色のシャッター黄緑のシャッター、青いシャッター、ピンクのシャッター。世の中にはこんなにも多くのシャッターが存在するのだ。思い出したようにシャッターを開ける店舗はマッサージ店、日焼けサロン、そして雀荘。そしてまた黄緑シャッター、青シャッター。いつまで続くと知れないシャッターの海にデグチはカメラのシャッターを切ってゆく。無造作に書かれる「SEX」の落書きに、我々の心はどうしようもないくらいに店じまいである。
ふと、現れた店舗には目を疑った。
「つくばアクターズスタジオ」
奇しくも今日がオーディションの日だという。外からも、稽古場らしき板の間で女の子がひとり机に座った男性に向かってにこやかに喋りかけている様子がうかがえる。彼女は夢を追っている。輝かしいスポットライトを浴びる女優に、あるいはキラキラした汗を振りまくダンサーに。その遠き夢にまっしぐらなあまり、彼女に見えていないものは多い。
3階に上がってみると、映画館「シネマイースター」は休館中であった。
そして、その3階に絶望は大きな口を開けていた。
「壁に描かれた人の形をした何か茶色いもの」
ヤンキー文化圏である茨城のこと。始めは落書きだと思い何喰わぬ顔で通り過ぎようとした。しかし何かがおかしい。それは描かれているのではなかった。あたかも発泡スチロールを無造作にひきちぎったかのような凹凸が壁にへばりついている。
「名付けるとは呪うこと」陰陽道の大家・安倍晴明がそんな言葉を遺していたのを記憶する。三角の頭…、そこからはみ出したもこもこした形のもの…着衣はどうやらゆったりとしている…
「ピエロ」
その絶望はそう呼ばれていた。
白い壁にピエロ型のシミ、それが3体。笑顔だったのだろうか、服は赤だったのだろうか、白塗りだったのだろうか、あの顔から突き出た丸は…鼻なのか?
そんな我々の疑問に答えることもなく、その「ピエロだったもの」は何も語らずに壁にへばりついている。その姿は戦争の恐怖を学んだあの原爆被害者のシミのように二度と繰り返してはならない悲劇を静かに物語っているのだ。彼らは泣いているのだろうか。もしかしたら泣いているのだろうか。太宰治のように泣きながらお道化ているのだとしたらこのせつなさは文学の高みに昇華される。誰も通ることのない廊下を俯きながらデグチが口を開く。「モール505ってモールSOSに見えるよね…」
我々は罪悪感にも似た気持ちで、その「SOS」に背を向けた。
「モール505」の入り口付近には小学生が描いたであろう壁画が飾られていた。
日に照らされて僅かに色褪せたその壁画は、おそらく10年以上前、ちょうどこのショッピングセンターが完成した折に、華々しく描かれたのだろう。神輿、霞ヶ浦、地球、まっすぐに明日を見つめる少年の姿…。その壁画の題名は「未来の土浦」である。
少年よ、ここが未来だ。