2008年10月30日木曜日

個人的な想い出

でぐちが茅場橋で出会い、自然と仲良くなった「おじい」こと、越前政治さん。
2008年に他界。


僕の写真に興味を持ってくれ、「君はいいカメラマンになるよ」と言ってくれた。
その頃に撮っていた写真をまとめてみました。

bccksにて公開中


日本中のせつない場所を巡る紀行文『そのせつなさに用がある』。
茨城県つくば市に存在する廻らない風車を記録する。
  
  http://bccks.jp/bcck/info/20008

2008年2月10日日曜日

あなたの感想に用がある

「そのせつなさに用がある」
〜ディキシーダイナーに用がある〜
無事展示を終了致しました。
ありがとうございました。

展示は終了しましたが、
感想、お問い合わせなどありましたら
sonosetsunasa@gmail.com
までお送りください。

この世にせつなさがある限り、我々の旅は続きます。

2008年2月5日火曜日

会期延長!

好評につき会期が2/8(金)まで
延長になりました。

展示パンフレットも残り僅かです。
ご来場をお待ちしております。

2008年2月3日日曜日

そのせつなさに用がある 展示概要


写真と文章で綴る”せつない”企画展

  そのせつなさに用がある
~ディキシーダイナーに用がある~

<展示概要>
場所:ディキシーダイナー渋谷店
  東京都渋谷区東2-26-16 / TEL:03-5778-3236 
   http://www.dexee-diner.com/map_shibuya.html
日時:2008.1.7(Mon)~2.3(Sun)
   11:30am~4:00am(年中無休)
料金:入場無料
sonosetsunasa@gmail.com


 心臓がぎゅっと締め付けられるような“せつない場所”、出口英二と萩原雄太が旅する中で出会ってしまった、そんなどうしようもない場所の記録が『そのせつなさに用がある』である。「廻らない風車」「全長300メートルのシャッター商店街」など、決してガイドブックに載ることはないシュールな風景を、諧謔と風刺と批評性で捉えた新感覚の紀行文。
 今回紹介される「江ノ島」篇は、2007年7月1日、湘南海岸の海開きに合わせて訪れた。

2008年2月2日土曜日

”せつなさ”とは


 どの土地にも記憶があり、歴史がある。

 それは地元民の心の中にそっと刻まれるような何気ない風景であったり、観光資源として土地の活性化のために消費されるような名所であったりもする。
しかし、過去は消すことの出来ない失敗の積み重ねでもある。
 もし、人類の進歩を信頼してみるのならば、その失敗もまた、進歩の礎として見つめられなければならない。もし、人類の退化を憂うならば、その失敗は嗤うべき過ちではなく、涙すべき現在であろう。
旅先で偶然出会ってしまったそのような記憶を、我々は記録する。
 "せつなさ"とは過去へのセンチメンタリズムではない。
 "せつなさ"とは感情のダイナミックな揺れ動きである。
 "せつなさ"とはそこに住まう者たちの生きた記憶である。

 人間は愚かである。
 それはわかりきったことである。
 ならば我々は言う。
 人間は愚かでもある、と。


Any land has the memory, and there is a history.

It is nonchalant scenery quietly carved for the mind of the local population, and a showplace consumed as resources for tourism for the activation of land.

However, the past is accumulation of the failure that cannot be erased.

If you trust the Advancement of human
It is necessary to watch the failure as foundation of advancement, too.
If you worries the Degeneration of human
The failure is not boil coming.
You should shed tears.
We record such a memory having met by chance on the trip,

”せつなさ(SETSUNASA)” is not sentimentalism to the past.
”せつなさ(SETSUNASA)” is a dynamic swing of feelings.
”せつなさ(SETSUNASA)” is a memory of the life of people who live there.

Human is foolish.
It finishes understanding.
Then, we say.
Also that Human is foolish.

2007年12月23日日曜日

その1 土浦は今日も雨だった


茨城県土浦市モール505商店街

300あまりのテナントが入居可能、特急停車駅であるJR土浦駅から徒歩5分の好立地にあるショッピングモール。しかし、テナント入居率は10%を下回り、シャッターばかりのショッピングモール「モール505」がそこには存在した。


そのせつなさに用がある
〜土浦は今日も雨だった〜

 土浦は上野から各駅停車で75分の場所にある。
 茨城県で2番目に大きい都市として、あるいは水郷筑波霞ヶ浦国定公園への玄関口として、知っている人もいる。川崎市に次いでソープランド店舗数全国2位というあまり名誉にならない称号もある。
 しかし、大多数の人間にとっては明日なくなっても不自由しない場所である。だいたいにして茨城県という場所が大多数の人々にとって明日なくなっても困らない場所であるとも言える。北関東とは、そういうところだ。我々はそのせつなさに用がある。
 
 土浦駅西口から北へ100メートル、そこに「モール505」は存在する。
 日曜の午後という時間帯にも関わらずこのショッピングモールにはショッピングをする気配のない高校生と思しきスケーターがちらほらと見えるのみ。家族連れ、恋人たちの憩いの広場。郊外型ショッピングセンターが華やかなりし昨今、東京からわざわざ足を運んで来た身としてはこれだけで「ショッキング」である。
 3階建ての建物は、おそらく100以上の小規模テナントに区切られていた。
 商店が軒を連ね、若者からお年寄りまでが集う街、そのような「青」写真は完成せず、ただただ我々の気分が「ブルー」になるばかりである。
 1階部分はかろうじて半分程の店が埋まっている。洋服屋、事務所、喫茶店、しかしどこも閑散としているのは言うまでもない。歯医者の前には「9/29・30お休みします」との張り紙が掲げられている。しかし今日は10/1だ。このシャッターは本当に空くのだろうか。

 我々は2階へと足を運んだ。ここからが本格的な「ショッキング」の始まりである。
 シャッター、シャッターまたシャッター。黄色のシャッター黄緑のシャッター、青いシャッター、ピンクのシャッター。世の中にはこんなにも多くのシャッターが存在するのだ。思い出したようにシャッターを開ける店舗はマッサージ店、日焼けサロン、そして雀荘。そしてまた黄緑シャッター、青シャッター。いつまで続くと知れないシャッターの海にデグチはカメラのシャッターを切ってゆく。無造作に書かれる「SEX」の落書きに、我々の心はどうしようもないくらいに店じまいである。

 ふと、現れた店舗には目を疑った。
 「つくばアクターズスタジオ」
 奇しくも今日がオーディションの日だという。外からも、稽古場らしき板の間で女の子がひとり机に座った男性に向かってにこやかに喋りかけている様子がうかがえる。彼女は夢を追っている。輝かしいスポットライトを浴びる女優に、あるいはキラキラした汗を振りまくダンサーに。その遠き夢にまっしぐらなあまり、彼女に見えていないものは多い。
 3階に上がってみると、映画館「シネマイースター」は休館中であった。

 そして、その3階に絶望は大きな口を開けていた。
 「壁に描かれた人の形をした何か茶色いもの」
 ヤンキー文化圏である茨城のこと。始めは落書きだと思い何喰わぬ顔で通り過ぎようとした。しかし何かがおかしい。それは描かれているのではなかった。あたかも発泡スチロールを無造作にひきちぎったかのような凹凸が壁にへばりついている。
 「名付けるとは呪うこと」陰陽道の大家・安倍晴明がそんな言葉を遺していたのを記憶する。三角の頭…、そこからはみ出したもこもこした形のもの…着衣はどうやらゆったりとしている…
 「ピエロ」
 その絶望はそう呼ばれていた。
 白い壁にピエロ型のシミ、それが3体。笑顔だったのだろうか、服は赤だったのだろうか、白塗りだったのだろうか、あの顔から突き出た丸は…鼻なのか?
 そんな我々の疑問に答えることもなく、その「ピエロだったもの」は何も語らずに壁にへばりついている。その姿は戦争の恐怖を学んだあの原爆被害者のシミのように二度と繰り返してはならない悲劇を静かに物語っているのだ。彼らは泣いているのだろうか。もしかしたら泣いているのだろうか。太宰治のように泣きながらお道化ているのだとしたらこのせつなさは文学の高みに昇華される。誰も通ることのない廊下を俯きながらデグチが口を開く。「モール505ってモールSOSに見えるよね…」

 我々は罪悪感にも似た気持ちで、その「SOS」に背を向けた。
 「モール505」の入り口付近には小学生が描いたであろう壁画が飾られていた。
 日に照らされて僅かに色褪せたその壁画は、おそらく10年以上前、ちょうどこのショッピングセンターが完成した折に、華々しく描かれたのだろう。神輿、霞ヶ浦、地球、まっすぐに明日を見つめる少年の姿…。その壁画の題名は「未来の土浦」である。

 少年よ、ここが未来だ。